議事録(概要)
講演要旨:エネルギー変革のためのイノベーションシステム形成と地域振興
―米国テキサス州の事例などから―

1.システム構築に必要な横断的組織の欠如と地域への期待
私自身、通商産業省および経済産業省でのキャリアを通じて、長らく中東情勢や原子力政策に携わってきた。昨今でも原子力発電所再稼働を巡る議論、さらには核融合技術の進展についてマスコミから取材を受ける機会も多い。本日は、この会の趣旨を踏まえ、エネルギー変革の個別論点というより、イノベーション・エコシステムを中心にお話させていただく。
エネルギー変革には、新しい技術の商業化が当然ながら必要であり、そのためには要素技術だけでなく、制度設計や経済分析までを含めた「システム」として構築する必要がある。東北大学は工学部を中心に日本屈指の力と歴史を持つ大学であり、クリーンエネルギーのシステムを構築できる潜在能力を有していると思う。しかし、日本においては、残念ながら東北大学に限らず、東京大学や京都大学といった主要大学においても、エネルギー領域のイノベーションを横断的に統合しマネジメントする組織が、実は存在しないことを、少し前から気にしている。一方、米国での成功事例とされているのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)が2006年に立ち上げた、エネルギー研究・教育・アウトリーチの中心機関である「エナジーイニシアチブ」という組織で、大きな成果を上げている。
エネルギー変革を実現するには、大学の力だけでなく、地域の支えが不可欠である。この大学の知と地域連携を融合させ、十数年で産業構造の転換に成功したのが、米国テキサス州の事例である。そのような地域連携の仕組みが東北で構築されることを期待して、特にテキサス州ダラス市と友好都市である仙台市の今後の取り組みの参考としていただけることを願って、本日は、米国テキサス州がどのようにしてクリーンエネルギーの集積地へと変貌を遂げたのかを、最新の国際情勢と照らし合わせて紹介する。
2.クリーンエネルギー技術商業化の世界的背景と現実の壁
世界のエネルギー供給の仕組みを、温室効果ガス、特に二酸化炭素の排出を抑える形へとつくり替える動きは2018年を境に加速した。2015年のUNFCCC(国連気候変動枠組条約)第21回締約国会議(COP21)において採択されたパリ協定では、産業革命以前からの気温上昇を2度、可能であれば1.5度に抑える努力を継続することが合意された。この「1.5度」の重みを科学的に裏付けたのが、2018年10月のIPCC特別報告書である(私自身、IPCC第1会合の調査団メンバーとして1988年に参加している)。この報告書では、1.5度シナリオを実現するためには、2050年までにエネルギー分野のCO2排出を実質ゼロにしなければならないという前提が明確に示された。これを機に、世界中の国々が2050年カーボンニュートラル宣言へと舵を切った。
では、カーボンニュートラル実現のために、どのようなエネルギーシステムの構築が必要か。国際エネルギー機関(IEA)が、エネルギー技術見通し(ETP)2020 で体系的に報告しており、水素、CCS(二酸化炭素固定・有効利用・貯蔵技術)、核融合、再生可能エネルギーといった新技術の商業化には、従来型の公的資金や民間企業による技術開発投資とともに、「ベンチャーキャピタル(VC)」の重要性を指摘している。
一方、実務的な投資の観点からは、クリーンエネルギー技術商業化の困難さについて分析もなされている。JPモルガンで市場・投資戦略の責任者を務めるマイケル・センバレスト氏は、10年以上の取り組みにもかかわらず引き続き化石燃料依存が8割以上であること等、エネルギーシステムの転換には時間がかかることを強調した。特に再生可能エネルギーについては、発電設備に対し、系統設備(グリッド)への投資が圧倒的に不足している点(理想とされる投資比率55:45に対し、米国では系統設備容量の拡大が年1〜1.5%に留まる)が、変動型再生可能エネルギー供給設備容量拡大との間で、バランスを失していると指摘。また、水素やCCSといった炭素リサイクルに資する新技術の商業化は、重要性に留意しつつも、実際には、既存事業との連続性がない場合の市場形成には多くの困難が伴うというのが、専門家の間での共通認識となりつつある。
3.激動する国際情勢と「エネルギー・トリレンマ」の顕在化
こうした中、2025年から2026年にかけて、エネルギーを巡る論調は大きく変化した。毎年ヒューストンで開催される世界最大のエネルギー会議「CERAWeek 2025」では、気候変動対策(Sustainability)だけでなく、ロシア・ウクライナ紛争以降の「エネルギー安全保障(Security)」、そして「エネルギー価格の妥当性(Affordability)」の3点を同時に解決する「トリレンマ」が主要な議題となった。特に大きな影響を及ぼしているのが、米国トランプ新政権の政策である。トランプ政権は「掘って掘って掘りまくれ(Drill-Baby-Drill)」の旗印の下、化石燃料回帰の方針を明確にし、パリ協定からの再脱退や関税措置を打ち出したことで、国際原油価格や石油需要予測にも影響が出ている。
これを受け、国際エネルギー機関(IEA)の年次報告(WEO 2025)もその内容を大きく修正した。2023年には「石油需要は2030年代にピークアウトする」としていた予測を翻し、現行政策を前提としたシナリオでは、石油・天然ガスの需要は2050年まで増加し続けるとの見通しを示した。2025年11月にブラジルで開催されたCOP30においても、化石燃料からの脱却に向けたロードマップ策定は合意には至らず、その成果文書には「化石燃料」という用語すら記載されないほど、様変わりの状況が見て取れる。
4.テキサス州におけるイノベーション・エコシステム形成の実態
エネルギー変革と、エネルギー安全保障の確保のバランスが重要視される世界情勢下において、この両立のためには、温室効果ガスを発生しないエネルギーシステムとして、水素・アンモニア利用システム、CCS(二酸化炭素回収・貯留)、核融合など、新たなエネルギーシステムの実用化が期待され、そのための取り組みが世界中で展開されている。
米国では、シェール革命の中心となったテキサス州が、クリーンエネルギー分野のベンチャー投資においてカリフォルニア州を凌駕する勢いを見せている。2023年から1年間のクリーンエネルギー投資額では、テキサス州が309億ドルを記録し、全米1位となった。
テキサス州は過去30年をかけて、石油ガス事業分野への依存度を低下させ、経済の多角化に成功したと言われており、同州最大の都市であるヒューストン、州都であるオースティン、及びヒューストンに次ぐ第二の都市であるダラスにおける、産学連携を含めたイノベーション創出活動が寄与したと言われている。
なぜ、テキサスにクリーンエネルギー投資が集まるのか。カリフォルニアなどのシリコンバレーでは、資金調達や指導を受けることはできるが、実証実験はできない。クリーンエネルギー技術は、ITのようなソフトウェアだけではなく、水素電解装置や次世代バッテリー、CCSといった物理的な装置を伴う「ハードテック(Deep Tech)」が中心である。テキサスには広大な土地と既存のエネルギーインフラ、そして規制の柔軟性があり、実証試験を行う環境が整っているため、全米からベンチャーが集まってくる。
ヒューストンでは、2020年以降、新たなイノベーション拠点が次々と整備された。その象徴がライス大学のサポートを得て開設された「ION(アイオン)」である。旧デパートのビルを再利用したこの施設は、単なるオフィススペースではなく、3Dプリンターやウェットラボ(湿式実験設備)を備え、ベンチャーがその場で試作品を作れる体制を整えている。また、ボストン発の北米最大のインキュベーター「グリーンタウンラボ」もヒューストンに進出し、ハーバードやMIT流のベンチャー育成ノウハウをこの地に移転させている。これらの組織は、大手石油会社のシェブロンやシュランベルジェ、マイクロソフトといったサポーター企業と密接に連携し、ビジネスプランの投資適格性を高めるための徹底したメンタリングを行っている。
一方、州都オースティンでは、故ジョージ・コズメツキー博士が創設した「IC2」が中心となり、数十年にわたりアントレプレナーシップ教育とベンチャー支援を続けてきた。マイケル・デルなどの起業家を輩出したこのエコシステムは、現在、活動の軸をエネルギー分野へと移している。オースティン・テクノロジー・インキュベーター(ATI)は、20年以上にわたって100社以上のクリーンエネルギー企業の育成に携わっており、ITからエネルギーへと産業の裾野を広げることに成功している。
クリーンエネルギーベンチャーの育成においてテキサスが重視しているのは、技術の成熟度に応じた段階的な資金調達と、事業ノウハウを持つ既存企業との協調だ。ベンチャーへの投資は、創業者が自己資金や知人から募る「プレシード」に始まり、製品イメージを具体化する「シード」、そして本格的な事業計画に基づきVCが資金を投じる「シリーズA・B・C」へと移行する。エネルギー分野はIT分野に比べて収益化までの「懐妊期間」が長いため、投資フェーズが多段階に及ぶことが一般的で、テキサスのエコシステムでは、50名以上の専門メンターが、技術的特徴だけでなく知的財産権や工程管理を厳しく指導し、投資家にとっての確実性を高めている。また、エクソンモービルやサウジアラムコといった既存の石油メジャーも、自社のCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)を通じて、水素やCCSといった脱炭素技術に積極的に投資し、自社の収益に直結する次世代技術の探索を強化している。
この流れの中で、特に注目すべきは、核融合(Fusion)分野だ。2020年頃からピッチイベントに核融合ベンチャーが登場し始め、今や核融合産業協議会(FIA)には世界で42社、うち日本からも数社が参加するまでになった。さらに、その参加企業の多くが、なんと2030年代初頭の商業化を公言している。米国議会や原子力規制委員会(NRC)も、2027年までに安全規制の体系を整備するなど、ビジネス化に向けた法整備を急ピッチで進めており、核融合は科学研究の段階から、明確に投資とビジネスを伴う「産業」の段階へと移行している。
5.東北・仙台への示唆
テキサスのエネルギー分野におけるベンチャー企業育成と産学連携の成功例は、日本がこれからエネルギー変革に取り組む上で参考となり得るものである。エネルギー変革は、単なる技術開発に留まらず、社会実装までを見据えたシステム構築の勝負だ。そのためには、要素技術だけでなく、MITの「エナジーイニシアチブ」のような横断的組織の形成と、それを支える地域連携の仕組みづくりが必要である。私は、日本でその役割を担えるのは東北大学であると期待している。さらに、地域間産学連携システムの取り組みとして、地域産学連携の成功例とされる岩手大学の金型研究センター(北上市)や、慶応大学生命科学研究所(鶴岡)なども含めた、東北地域での連携システム構築の可能性も検討すべきであろう。また、仙台市はテキサス州ダラス市と友好都市関係にあり、JETROが1999年から2002年に実施した地域間交流プロジェクトの経験を活用した取り組みの可能性も検討できると考える。東北・仙台の有するポテンシャルを活かし、テキサスのような「エコシステム」として再構築することが期待される。
議論の様子(一部抜粋)
・地域の産学連携やイノベーション・エコシステムを誰がつくるのかが、わからなくなってきた印象。かつて活発だった地方大学を中心とする産学連携ネットワークは、元気を失った。当初は任意参加で自由闊達な議論が行われていたが、担い手が学長など組織のトップ層に移行するにつれ、ネットワークが制度化・権威化し、その結果、草の根的な活力が失われた。また、政策が省庁ごとに分断され、一貫性を欠いている点も大きい。経済産業省は企業支援や投資(特に中堅企業育成)へ軸足を移し、大学との産学連携からは距離を置いている。一方、文部科学省は研究支援中心の姿勢を変えず、「地域エコシステム」と言いながら地域全体を見た設計にはなっていない。その結果、地域産学連携を誰が担うのかが不明確になっているように見える。
・地域の産学連携やイノベーション政策は、どのように評価すべきか。イノベーションは本質的に成功確率が低く、すべてが成功することは前提にできない。重要なのは、結果の成否だけでなく、長期にわたり挑戦を継続している主体や地域を評価する視点ではないか。実際に生き残っている地域には、明確なリーダーと地域住民の強い思いが存在している。
・地域エコシステムにおいて、大学はどのような役割を果たし得るのか。米国では大学が地域エコシステムの中核を担っている。学生という「常に入れ替わる人材」が流入・定着し、地域に活力と循環をもたらす。日本でも同様に大学はコアになり得るが、大学と同じ土俵で議論・挑戦できる産業界が地域にどれだけ存在するかが成否を左右するのではないか。
・東北大学と地域産業の連携における課題は何か。東北大学は研究力・規模ともに突出している一方、周辺地域の産業とは資金規模やテーマ設定に大きな差があり、同じ土俵での議論が難しい。そのため、大学の研究成果を地域産業に接続する仕組みが十分に機能していない。
・仙台市と東北大学の連携は、現在どの段階にあるか。かつては連携が弱かったが、現在は包括連携協定を締結し、国際卓越研究大学認定などを通じて関係は強化されている。ただし、実質的な成果創出は「これから」という段階であり、大学の力を活かせる産業パートナーの層はまだ薄いと見ている。
・オースティン(米国)の事例から、何を学ぶべきか。オースティンでは、大学を核に、住環境の整備と産業創出を同時に進めることで優秀な人材を定着させてきた。デル・コンピューターをはじめとする産業集積が雇用を生み、大学・企業・都市が一体となったエコシステムを形成している。日本でも同様の発想が必要ではないか。
・核融合や半導体など先端分野と地域エコシステムの関係は。核融合分野では、日本にも技術力やベンチャーは存在するが、社会的認知が低く、人材や企業が海外に流出している。米国テキサスでは、エネルギーや半導体分野で大学と企業が強く結びつき、世界的な集積地となっている。東北大学は半導体・エネルギー分野で競争力があり、テキサス大学との連携は現実的かつ有効な選択肢ではないか。
・なぜヒューストンにはエネルギー分野の投資が集まるのか。ヒューストンは長年「エネルギーキャピタル」と呼ばれ、世界の主要エネルギー企業が本社を構えてきた。シェール開発の進展によりその地位はさらに強化され、輸出拠点としての役割も大きい。こうした歴史的蓄積と産業集積が、継続的な投資を呼び込んでいる。
・仙台・東北地域でエコシステムを成立させるために重要な点は何か。国主導の縦割り施策に頼るのではなく、自治体、大学、企業、金融機関、市民が将来像と価値を共有することが重要である。若い起業家の機運は高まりつつあり、地域全体で技術の重要性を理解し、声を上げていくことが成功の鍵となるのではないか。
宮城の日本酒
ざっくばらんな意見交換を促進することを目的として、季節の限定酒をご用意しました。なお、以下は用意した日本酒の銘柄、造り、使用米、精米歩合、製造年度を示しています。
1.萩の鶴 純米吟醸亀岡9号中取り無加圧直汲み生 美山錦55% 7BY
2.萩の鶴 純米大吟醸 斗瓶取り鑑評会出品酒 山田錦35% 6BY
3.墨廼江 大吟醸 鑑評会出品酒 山田錦40% 6BY
4.あたごのまつ 大吟醸 出品酒 山田錦40% 6BY
5.乾坤一 純米うすにごり生 宮城県産ササニシキ60% 6BY


[略歴](ねい・ひさのり)
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